SoRとSoEはなぜ分断されるのか?―データ連携で解決する「バイモーダルIT」の運用課題
2014年に提唱された「バイモーダルIT」は、安定重視の基幹システムと、スピード重視のフロントシステムを分断して管理する考え方でした。しかし、提唱から10年以上が経過した現在、この「分断」が全社的なデータ活用やDXを阻害する要因となっています。基幹データの孤立や、SaaSの乱立によるデータの散在といった「制度疲労」が多くの組織で顕在化しています。
本コラムでは、これら二項対立の課題を整理し、iPaaSを活用してシステム全体を柔軟につなぐ「コンポーザブル・エンタープライズ」への転換と、具体的な統合戦略について解説します。
バイモーダル概念の形骸化と、システム分断のリスク
2014年にガートナーが提唱した「バイモーダルIT」は、企業のITシステムを、信頼性と安定性を重視する「モード1[Systems of Record(SoR):記録のシステム]」と、俊敏性と非定型プロセスを重視する「モード2[Systems of Engagement(SoE):協働のシステム]」に分類し、異なる管理手法を適用するフレームワークです。この概念は、既存資産の保護とデジタル領域への適応を両立させる現実解として、多くの企業に採用されました。
しかし、提唱から10年以上が経過した現在、この運用モデルは制度疲労を起こしています。多くの組織において、モード1(SoR)とモード2(SoE) の区分が「システム間の断絶」を正当化する要因となり、全社的なデジタルトランスフォーメーション(DX)の阻害要因となっているのです。
現代のビジネス環境において、顧客体験(CX)の高度化や意思決定の迅速化を実現するためには、モード1に分類される基幹システムが保持するデータを、モード2に分類されるアプリケーションがリアルタイムに活用できる環境が不可欠です。それにもかかわらず、「安定性重視」を理由としたモード1の閉鎖性と、「俊敏性重視」を理由としたモード2の多様化が、データのサイロ化(分断)を招いています。
モード1(SoR)の課題:基幹データの「孤立」とモダナイズの停滞
「安定稼働」と「硬直化」の混同
モード1に分類されるERP、メインフレーム、勘定系システムなどを代表とする基幹システム、財務情報や顧客マスター、在庫情報といったコアデータを管理する基盤です。バイモーダルITの導入初期、これらの領域は「変更リスクを避けるべき領域」と定義されました。その結果、多くの企業で改修が凍結され、外部システムとの接続性を欠いたまま運用が継続されています。
この「変更を加えない」という運用方針は、システムの安定稼働には寄与しましたが、一方でデータの孤立を招きました。例えば、最新の分析ツールやECプラットフォームを導入しても、基幹システムからのデータ抽出に多大な工数とリードタイムを要し、ビジネスの機会損失を生むケースが散見されます。
全面刷新の難易度と現実解
老朽化したモード1システムの刷新(マイグレーション)は、多くの企業にとって懸案事項です。しかし、ビッグバンアプローチによる全面的なリプレースは、巨額の投資と数年単位の期間を要するうえ、要件定義の肥大化によるプロジェクト失敗のリスクが高くなります。 そのため、現在のトレンドは「既存資産の有効活用」へとシフトしています。システム自体を作り変えるのではなく、外部との接続性を持たせることで、データを活用可能な状態にするアプローチが求められています。
モード2(SoE)の課題:SaaS利用の拡大とガバナンスの形骸化
部分最適によるデータの散在
モード2の領域では、事業部門主導によるSaaS(CRM、SFA、MA、チャットツールなど)の導入が一般的となりました。これにより現場の業務効率は向上しましたが、IT部門の関与しないところで導入が進んだ結果、データの分散管理が常態化しています。
各部門が個別のツールで顧客情報を管理することで、情報の不整合(二重入力や更新漏れ)が発生し、正確な経営データの把握が困難になる弊害も生じています。「スピード重視」の方針が、結果としてデータ統合の手間を増大させ、組織全体の生産性を低下させている側面は否定できません。
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⇒ SaaS(Software as a Service)|用語集
シャドーITとセキュリティリスク
また、現場担当者が独自に作成した連携スクリプトやRPAが、担当者の異動・退職により管理不能となる「属人化」の問題も深刻です。適切なセキュリティポリシーが適用されていない経路で機密データが外部クラウドサービスへ送信されるなど、コンプライアンス上のリスクも増大しています。モード2における「俊敏性」は、適切な統制下で発揮されなければ、企業にとっての脅威となり得ます。
iPaaSによる解決策:統合アーキテクチャの実装
上述した「モード1の孤立」と「モード2の分散」という課題を解決する手段として、iPaaS(Integration Platform as a Service)の導入が進んでいます。iPaaSは、オンプレミスとクラウド、あるいはクラウド間のアプリケーション統合を担うプラットフォームであり、現代のシステム構成における「ハブ(中継点)」として機能します。
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⇒ iPaaS |用語集
戦略1:モード1のAPI化によるデータ開放
iPaaSを活用する最大のメリットは、レガシーシステムの「API化」です。iPaaSが提供するコネクターを利用することで、基幹システムやデータベースに直接接続し、そのデータをAPIとして外部に公開することが可能になります。 これにより、基幹システム自体に大幅な改修を加えることなく、モード2の業務アプリケーションから安全にデータへアクセスする経路を確立できます。モード1は堅牢性を維持したまま、外部からのデータ要求に即応する「オープンな基幹システム」へと進化します。
▼API についてもっと詳しく知りたい
⇒ API |用語集
戦略2:フェデレーテッド・ガバナンスの確立
モード2の領域において、iPaaSはガバナンスと開発の自由度を両立させる基盤となります。 IT部門は、iPaaS上でセキュリティポリシー、アクセス権限、ログ監視の設定を一元的に管理します。その管理下において、事業部門に対して標準化された接続テンプレートやデータ活用フローを開放します。 これにより、現場はIT部門が定めた「ガードレール(安全基準)」の中で、自律的に連携開発を行うことが可能になります。このような、中央集権的なガバナンスを確保しつつ、分散したまま各業務部門で自律的に活用する管理方式を「フェデレーテッド・ガバナンス(連邦型統制)」と言います。 これは、IT部門が全ての開発を請け負うボトルネック構造を解消し、かつシャドーITのリスクを排除する運用モデルです。
戦略3:コンポーザブル・エンタープライズへの転換
コンポーザブル・エンタープライズとは、ビジネス機能やシステムを「部品(モジュール)」のように細分化し、変化に応じて柔軟に組み替えられる企業形態を指します。 これを実現するため、iPaaSを介してシステム間を疎結合(独立性が高い状態=Loose Coupling)に保つことは、将来的なシステム変更への対応力を高めます。
各アプリケーションがAPIを通じて相互接続される構成(コンポーザブル・アーキテクチャ)であれば、特定のSaaSを別のツールに置き換える際も、iPaaS上の接続設定を変更するだけで対応可能です。ビジネス環境の変化に合わせて、システム構成を柔軟に組み替える能力(コンポーザビリティ)の確保は、企業の持続的な競争優位に直結します。
結論:二項対立から「統合管理」への移行
かつてのバイモーダルIT論では、「安定か、スピードか」という二者択一の議論が中心でした。しかし、テクノロジーの進化、特にiPaaSの普及により、このトレードオフは解消されつつあります。高度に自動化されたガバナンス基盤(統制)が存在して初めて、現場はリスクを恐れずに開発スピードを最大化できるという関係性が成立しています。
企業が取り組むべきは、モード1とモード2を分断して管理することではなく、iPaaSを用いて両者を論理的に統合することです。
• モード1の資産をAPIを通じて有効活用する。
• モード2の活動をプラットフォーム上で可視化・統制する。
この統合アプローチへの転換こそが、DXを停滞から成長へと導くための具体的なシステム戦略となります。既存の枠組みを見直し、データが組織全体をシームレスに流通するアーキテクチャへの投資を検討すべき段階に来ています。
本コラムでご紹介したシステム統合を成功させるためには、ツールの導入だけでなく、組織全体を見据えた設計と運用体制の確立が不可欠です。当社では、データ連携基盤プロダクトの提供にとどまらず、アーキテクチャの策定や標準化、実際の構築から内製化支援、さらには稼働後の運用・保守に至るまで、あらゆるフェーズでお客様に伴走いたします。貴社の課題に合わせた最適なデータ連携基盤の導入をトータルでご支援しますので、まずはお気軽にお問い合わせください。

