大切なのは、 多様なデータを組み合わせること。 気象データ“も”使って、 社会全体の生産性を上げていく。
「気象データ」と聞いてビジネスとの結びつきを想像する人は一体何人いるだろうか。しかし天気や気温、湿度はもちろん、海流、日射量など、種類が豊富で用途が多岐に渡る気象データは、実はさまざまな分野のビジネスで活用されているのだ。その気象データを活用したビジネス(気象ビジネス)の推進に取り組んでいるのが気象ビジネス推進コンソーシアム(以下:WXBC)だ。WXBCの新規気象ビジネス創出WG座長を務め、内閣官房オープンデータ伝道師、総務省地域情報アドバイザー、静岡県デジタル戦略顧問、三菱総合研究所主席研究員としても幅広く活躍する村上氏に、気象データの活用について話を聞いた。
※役職や所属は取材時のものです。
気象データの活用が、なぜ必要なのか
まずは、WXBCの取り組みについて教えてください。
WXBCが創設されたのは、一言で言うと「気象データをもっと活用して欲しい」という想いからでした。気象庁などが多くの気象データを公開しているにもかかわらず、それを活用できている人は多くありません。農業でも漁業でも、暮らしの中で昔から人々の役に立ってきた身近な情報である気象データを、テクノロジーが進化した今なら、さらに役立てることができるはず。データ活用によってもっと利便性を上げ、効率化を進める可能性があることを広めていこうという想いで、私も発起人の一人として参加しました。しかし、そもそもなぜデータ活用によって効率化を進める必要があるのか。効率化は大切だから、と言ってしまえばそこまでなのですが、なぜ大切なのかについて考えたことはあるでしょうか。
- 確かに、効率化のためにデータ活用は大切だと思っていましたが、それがなぜかについては考えたことがなかったです。
その理由に深く関係しているのがこの曲線です。この曲線が何を表しているか分かりますか?
①ビットコイン
②原油価格
③日本の人口
- 難しいですね……①のビットコインでしょうか。
⓵ビットコイン ②原油価格 もなかなかいい線をいっているのですが、正解は、③日本の人口 です。人口減少問題についてはみなさんもご存知だと思いますが、こうして1,000年スパンで見ると、今後一気に減少していくことがよく分かりますよね。
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/kokudo03_sg_000214.html(閲覧日:2020年11月17日)
減少する原因は子どもの数の減少、つまり合計特殊出生率(以下:出生率)の低下です。日本の人口はますます減少の一途を辿り、働き手の確保も難しくなる。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、今後たった40年間のうちに日本の働き手が約3,000万人減ります。専門家の中には、多少人口が減っても問題ないと言う方もいますが、このままいけば、いずれ日本の人口はゼロになります。そして、ゼロになる前に社会を維持できなくなります。この課題は、民間企業だけではなく、自治体にも同様に言えること。総務省は、20年以内に今の半数の職員でも自治体の機能を維持できるようにする必要があると提言しています(自治体戦略 2040構想研究会)。働き手が減る、税収が減る中で、今の半分の人数で社会を支えなければならない。まだ大丈夫だと思って油断していると、日本という国を維持できなくなってしまいます。
ではどうすればいいのか。とにかく出生率を上げて、人口減少を食い止める必要があります。2019年の出生率は1.36ですが、これを、人口を維持できる2.07まで上げる必要があります。しかし仮にいますぐ出生率が2.07になったとしても、出産適齢期の女性の数が減っているので、しばらくは人口減少が続きます。これに対応するためには、デジタル化で社会全体の生産性を大幅に上げることが必要不可欠です。これは民間も行政も同じです。デジタル化によって生産性を上げ、少ない人数で社会を支え、時間を稼ぐ。その間に少子化対策を進め、人口減少を食い止める。
社会全体のデジタル化を進める時に、キーとなるのがデータです。「データは新しい石油である※」という言葉があります。これは、石油が地下に眠っているままでは役に立たないのと同じように、データも眠ったままにせず、収集して分析し、サービスに活用することで初めて役に立つことを表しています。石油同様、非常に大きな効果をもたらす「資源」として。
つまり、「なぜデータ活用によって効率化を進める必要があるのか」という最初の疑問に対する答えは、「少子化対策の時間を稼ぐ手段として社会全体の生産性を高めるため」ということです。だからこそ私たちWXBCは、気象データを始めとする様々なデータの活用を推進することを使命として活動を続けています。中でも気象データは、天気、気温、湿度、海流、風向風速、日射量など、種類がとても豊富で活用方法も多岐にわたります。また、主観ではなく常に客観的に予測できるという特徴も持っています。
気象データが持つ、課題解決の可能性
実際に、気象データはどのように活用されているのでしょうか。
用途が多岐に渡るので一括りに紹介はできないのですが、いくつか例を紹介しましょう。
例えば犯罪発生予測の「pledpol」というサービスがあります。アメリカで地震予知の研究をしていた2人の学者が、地震予知のアルゴリズムを犯罪の発生予測に応用できないかと考え、地元の警察と協力して過去7年分の犯罪データを活用して犯罪発生予測システムを作りました。過去の犯罪データから、犯罪の種類別に、発生した時間、場所、その時の天気、気温などの特徴を分析し、その結果を元に、今日この後、いつどこでどんな犯罪が起きる可能性が高いかを予測し、そこを重点的にパトロールすることで、犯罪を未然に防ぐというサービスです。これと同様のサービスは、ヨーロッパやアジアでもすでに導入されており、日本でも京都府警で導入していたり、神奈川県警なども研究していたりします。これまでは犯罪を防ぐ対応としてはポスターを貼るといった啓発活動が多かったのですが、今日ではデータを活用して予測・予防ができるようになってきています。
またフィンランドの「Enevo」というサービスは、データを使ってごみの収集作業を効率化しています。一般的にごみの収集は曜日やルートが決まっているものですが、ゴミの量は季節や気候によって違いますよね。そこで、収集用のごみ箱(コンテナ)一つひとつにセンサーを付けてごみの量をリアルタイムに把握し、これに、各ごみ箱の過去のごみの増え方、曜日、天気、周辺のイベント情報などの様々なデータを使って、どのごみ箱がいついっぱいになるかを予測します。この結果をもとに、毎日、収集するルートを変えることで、ごみ収集作業が効率的になり、人件費やCO2排出量を削減できます。また、ごみ箱からごみが溢れないので、景観面、衛生面でも効果があります。
日本における例では、AIを使ったタクシーの需要予測があります。タクシーはベテランドライバーと新人ドライバーで経験に差があり、いつどこにいけばお客さんを乗せることができるかを、経験的に知っているかどうかで売上の差が開いていました。そこで、携帯電話の基地局情報やタクシー運行データ、施設情報、イベント情報、気象データなどのデータを使ってAIが需要を予測することで、タクシーの稼働率を上げることを実現しました。
企業の規模にかかわらず、データ活用できる時代
他に日本の企業で気象データを活用している例はありますか。
例えばローソンでは、店舗の立地特性、顧客特性、販売実績、曜日、時間、イベント情報、気象情報など100以上のパラメーターを用いて、翌日の売上を予測し、それをもとに発注やスタッフの配置を決めています。これにより、食品などの廃棄ロスや欠品による機会損失が減り、人員配置を的確に行うことで、人件費を抑えつつ利益を上げています。これだけ聞くと「ローソンは大企業だから巨額の投資によってそういう活用ができるんだ」と思う方もいるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。
- 小さな企業でも、気象データを活用している例があるのですか。
三重県伊勢市の小さなお店「ゑびや」でも、データを組み合わせて需要予測や人員配置を行なっています。お土産屋と食堂が一つになったこのお店では、元々勘と経験のどんぶり勘定で発注をしていました。しかし、データからお客さんの需要を予測し、それに基づいて仕入れやスタッフの配置を行うようにしたことで、従業員の勤務時間を減らしつつ、利益を増やし、給料を上げることができました。売上に関係しそうなデータを集め、有効なデータに絞り込み(過去の売上、曜日、天気、気温など)、アルゴリズムを作って何度もフィードバックを行うことで精度を向上させました。このように、巨額の投資をしなくても多少の知識があれば、様々なクラウドサービスを使って低価格でデータ分析や売り上げ予測ができるのです。
そしてここで挙げたどの例も、気象データだけを使うのではなく、他のデータと組み合わせることで、課題を解決に導いているということが重要です。
気象データ“を”使うのではなく、気象データ“も”使う
確かにどの例も、複数のデータを組み合わせることで効率化を実現していますね。
私はよく「気象データを主語にしてはいけない」と言っています。気象データに詳しい人は「気象データ“を”使って…」と口にすることが多いのですが、気象データを使うだけでは何もできません。あくまで、気象データは数あるデータのうちの1つであり、さまざまなデータを使って取り組むことが一番大切です。
- 様々なデータを組み合わせる上で大切なことはありますか。
データを使う上で大切なのは、現場感覚を大切にすることです。ゑびやの例からも分かるように、外部業者に丸投げして売上予測をしてもらうのではなく、現場の状況を肌感覚で知っている当事者が、売り上げに影響するデータは何かを見極め、予測と実績を対比して予測精度を高める作業を行うことが重要です。
使用するデータには、曜日や時間帯別、商品別の売り上げや、仕入れ、スタッフの勤務時間のように、お店で収集するものもあれば、イベント情報のように外部の情報を使う場合もあります。気象データも外部から入手するデータのひとつですね。
- これからのデータ活用に関して、村上さんが考えていることは何かありますか。
まずはデータ活用の有効性、必要性を意識することからですね。今はまだ、多くの企業や自治体でそれほどデータ活用が進んでいませんが、今後、取り組むところが増えていくと考えられます。その結果、データを活用できているところとできていないところで、生産性や利益率など様々な面で大きな差が生まれてしまいます。小さい取り組みでもいいので、まずは仮説を立ててデータで検証してみることから始めてもらえると嬉しいです。
売り上げやコストに関しては、実績の集計や目標値の設定を行っている企業はあると思います。しかし過去のデータから、なぜ売り上げが増えた(減った)のか、なぜコストが増えた(減った)のかをきちんと分析している企業はまだ少ないです。さらには、過去のデータをもとに将来予測をしているところは少数派だと想定されます。しかし今後は、データに基づいて営業計画や自治体の財政計画などを立て、実績と対比して計画の軌道修正を行うといった経営が主流になるはずです。大切なのは、それに乗り遅れないようにすること。また、自治体などが公開するデータについて、現状は自治体ごとに項目や形式がばらばらだったりします。これを揃えて使いやすくすることも必要です。
ゑびやのように小さなお店でも、クラウドサービスをうまく使って新しい経営を行うことができます。少しの知識で誰でもデータ活用ができる時代です。現場で感じている課題や仮説を、まずはデータで可視化してみることから始めてはいかがでしょうか。例えば、最近1週間の食事や歩数のデータを可視化するだけでも、栄養バランスの偏りや、運動が必要なことなど課題が見えてきます。予測の前に、現状の可視化から。それが、少子化が進む日本において、少しでも未来を明るくする一歩につながると思います。
- ※「パーソナルデータ:新たな資産カテゴリーの出現」(世界経済フォーラム・2011年)


