春と言えば「桜」ですが、そのソメイヨシノは「どこから来たのか」ルーツが解らなかった、など意外なことがある話

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マーケティング部の渡辺です。
データやITなどに関する様々なことをゆるく書いているコラムです。

今回も「春っぽい」話題

今回も続けて、「春っぽい」ことを話題にしてみようと思います。まさに春と言えば思いつくそのもの、ソメイヨシノ(桜)の話をしたいと思います。

春と言えば「桜」ですが、そのソメイヨシノは「どこから来たのか」ルーツが解らなかった、など意外なことがある話

春と言えば「桜」ですが

日本で春と言えば「桜」です。あまりにも日本の春の象徴です。もし、何かの事情で日本から遠く離れた地に移らなければならなくなったとして、遠く離れた地で日本を思い出すときに「春の桜が観たいなあ」と思ったりするんじゃないかと思えるくらい、日本で季節や風土に関することで印象が強いのが「春の桜」ではないかと思います。

我々が「春の桜」と呼んでいるものは、植物(樹木)として正しくは「ソメイヨシノ」になります。あるいは桜に分類される樹は日本に沢山あるにもかかわらず、単に「桜」と言ったら「ソメイヨシノ」のことを指すくらいの圧倒的さで「春は桜(ソメイヨシノ)」です。

そのソメイヨシノ、春と言ったら最初にイメージが出てくるくらいに、日本中に植えられているというくらいに、誰でも知っていて日本中にありふれているにもかかわらず「根本的な謎がある」存在でもありました。実はソメイヨシノのルーツ(どこから来たのか)が長い間はっきりしていなかったのです。

ソメイヨシノはどんな樹?

ソメイヨシノは日本中に植えられています。幻の桜の樹で謎が多いというのならまだわかりやすいですが、近所に普通に植えられているような樹なのに、基本的なことで解らないことがあったわけです。

圧倒的印象で「日本のイメージ」として定着した

まずソメイヨシノは、春に咲く花として際立った特徴があります。春になると沢山の花が一斉に開花するため、樹全体が、あるいは桜並木全体が桜色につつまれるような圧倒的な印象となり、華やかで美しい印象があります。そして、他の花と違って短期間で散ってしまう一種の儚さも印象的です。

春に咲く花は多くありますし、桜自体についてもソメイヨシノ以外に多くの品種がありますが、それらを踏まえてもソメイヨシノの印象は際立っており、春と聞くとソメイヨシノが咲いている姿を連想させるくらいに「春は桜」のイメージを作ったのではないかと思います。

種ができないので全部クローンである

桜の樹の多くでは、花が咲いた後に「実」(いわゆるサクランボ)が出来ることが多いのですが、ソメイヨシノではサクランボがなかなかできず、出来ても小さな実にしかなりません。そして、サクランボが出来て種が取れたとしても、それを植えても生えてくるのはソメイヨシノではありません。

つまりソメイヨシノは種ができず、種では増やせないのです。自然に自生している桜としてはあり得ない特徴ということになります。種ができないのに日本中に植えられているのはどういうことなのかというと、「クローンにより増やされている」のです。すでに生えているソメイヨシノの枝を取って、それを他の木に接ぎ木をする、地面に挿し木をするなどして再度大きく育てることで、新たなソメイヨシノの木を作って増やしています。

またクローンであることから日本中のソメイヨシノは遺伝子が揃っており、そのためにそれぞれの樹の性質も揃っているために同じ条件なら開花タイミングが同じになりやすい特徴があります。「桜並木全体が同時期に揃って開花する」ことにより圧倒的な花の印象を、「桜並木全体が一斉に散る」ことで儚い印象を作る原因にもなっています。

クローンでどんどん増やしているソメイヨシノですが、何もないところからソメイヨシノを生み出して増やせるわけではありません。しかし自然界に自生している品種でもありません(何しろ種ができないので自然に増えることができない)。「最初のソメイヨシノ」がいつかどこかで「種から育って」生まれて、それが増やされてきたはずなのですが、そのルーツ「ソメイヨシノはどこから来たのか」が長い間はっきりしていませんでした。

短命であって、いろいろ難しいところがある

ソメイヨシノは一般的に短命です。樹木というのは多くの場合は人よりも長い間生き、場合によっては何千年も昔から生きている樹木もあるくらいですが、ソメイヨシノは通常は60年くらいで寿命を迎えてしまいます。

桜並木を見ると、きっとこの風景はこの町に昔からずっとあるんだろうなとか思ってしまうかもしれませんが、「寿命が60年くらい」で「今は2026年」だとすると、我々が目にするソメイヨシノは基本的に「高度成長期以降に植えられたもの」です。むしろ、植えてから20年から30年くらいが花の最盛期であるとも言われるため、老木でないなら平成になってから植えられていると考える方が良い状況です。

どうしてそんなことになっているのかというと、「ソメイヨシノが病害虫に弱い」ことが原因です。人が丁寧に管理をすれば100年以上経っても元気でいられることも解っており、例えば東京の小石川植物園では江戸時代に植えられ200年以上経ったソメイヨシノがまだ元気です。しかし、一般的にはそこまで管理をせず、街路樹として植えられる場合には環境が厳しい場合も多いため一般的にはあまり長生きをしません。

ソメイヨシノは急激に成長して大きくなり、しかも短命であるため、もしかすると近所のソメイヨシノはあなたよりも年下の後輩くんかもしれず、少なくともおじいちゃんおばあちゃんより長生きしていない可能性が高いことになります。

他にも、歩道が「木の根っこで波打っていて通行しづらい」みたいなことがあると思いますが、これもソメイヨシノの根の特性でそうなってしまいがちな困った現象で、日本中で植えられてきた割には街路樹に向いていない特徴があります。

古文書など歴史上の記録でのソメイヨシノ

どこから来たのかはっきりしないソメイヨシノ、過去にどうだったのかを調べるとなると、樹木そのものではなくて古文書を調べることになります。

江戸時代後期に生まれたと考えられている

サクラというと今や日本そのもののイメージすらあり、我々がいま見る「春の風景」は古代日本からずっとあった風景だと思われているところもありますが、古文書を調べてみるとソメイヨシノは「江戸後期に生まれた可能性が高い」ことが解っています。それ以前には記述が出現しないためです。そして、日本中で広く植えられるようになったのはさらに後の時代、明治以降であることも解っています。

つまり、我々の「桜へのイメージ」も修正が必要だということです。日本の歴史で桜の話が出てくるような状況、例えば豊臣秀吉が盛大に行ったことで有名な「醍醐の花見」で、秀吉が観ていた桜は「ソメイヨシノではない」ということなります。今の我々からみると、春の桜としてはずいぶん落ち着いた印象である「山桜」などで花見が行われていたと考えられます。

つまり我々の心象風景の「春の桜」とは、明治維新以降の近代日本になってから生まれたものと言うことになります。

染井村(今の東京都駒込付近)で生まれたと考えられている

ソメイヨシノは江戸時代後期に江戸の郊外の染井村で生まれたと考えられています。染井村は今の東京都の駒込付近、つまりなんと池袋駅から山手線を東に三駅の付近で生まれたことになります。

ただし明治には渋谷にも小川が流れていて田んぼがあったくらいのようですし、駒込も今と違って都会感のある場所ではなかったようではあります。当時の駒込付近は、大名屋敷の庭園の植物の面倒を見ている植木職人や造園業者が住んでいた地域のようで、江戸の園芸文化の中心地ではあったようです。

「ソメイヨシノ」の名前の由来

後のソメイヨシノは最初、染井村において「吉野」と名前を付けて売り出されたようです。吉野とは古来からの桜の名所である、奈良の吉野山の「吉野の桜」から取ったもののようです。しかし、当時吉野山に植えられていた桜は「山桜」であるのに対して明らかに山桜ではない桜であるのに「吉野」と名乗っているのは何事かということになって、吉野だけれど染井村の桜ですよということで「ソメイヨシノ(染井吉野)」となったようです。

新商品がでてきたときに、既存のブランドを借りた名前を使って売り込みをすることがありますが、吉野ブランドに乗っかろうとしたのでそうなったわけですね。今やサクラといえばソメイヨシノという感じになっていて他の概念をむしろ蹴散らしているので、今から考えるとちょっと面白い経緯です。

あるいは、日本各地で富士山にあやかった「○○富士」(薩摩富士、日光富士、出羽富士、越後富士とか榛名富士とか)みたいな感じもあります。そしてソメイヨシノでは、看板を借りていたはずの日光富士が有名になりすぎたため、むしろ元の富士山の方を知らない人の方が多いみたいなことになったわけです。

ソメイヨシノについての諸説

ある程度結論がわかった今となっては「江戸時代後期の染井村で生まれた」でおおよそ説明として適切であろうことは解っているわけですが、過去には「ソメイヨシノがどこから来たか」について、どうもいろいろな見解があったようです。

たとえば、伊豆半島など日本の別の場所で自然発生した桜であるという説、ソメイヨシノは自然界に自生している種である説、さらには日本原産ではなく朝鮮半島原産であるという説も長い間ありました。

実際に日々、桜の栽培に関わっている人からすると、植物的な様々な特徴からして後述する起源で生まれたのだろうと思われていたようですが、しかしそれは主観というか「現場の人の暗黙知としてはそう思える」という話で、いろんなことを言う人がいる言論においても明確に結論を付けられるようなものではありません。結果として、ソメイヨシノの起源ははっきりしない(江戸時代後期の染井村が有力だと言われているけれど)ということに長い間なっていました。

論争に決着をつけた遺伝子解析

そういう状況に決着をつけたのが、現代の技術である「遺伝子解析」でした。いわば、データ解析が論争を決着させました。遺伝子解析が可能になって以降、桜に関わっている人の直観通りに「エドヒガンとオオシマザクラが交配したもの」であることが明確に示され始めます。

2019年になって、とうとうソメイヨシノの全遺伝子が解読され、完全にデータとしてルーツを解析することが可能になります。結果として、「日本に自生しているエドヒガンとオオシマザクラが交配して生まれたこと」「日本中のソメイヨシノの遺伝子は確かに同じでありクローンで増やされたこと」がわかり、さらにはクローンで増やされる際の微妙な遺伝子の揺らぎによって、日本中にどのように広まったのを調べることまでできるようになってきました。

オオシマザクラは成長が早く、大きな白い花をつけることで知られています。ただし桜の木としては標準的な「花が咲くと同時に葉っぱも出す」タイプの品種です。そもそもソメイヨシノを接ぎ木で育てる時にその土台となる「台木」として使用されることもある品種でした。葉っぱの香りがよいことから、桜餅で使われている「桜の葉」にもオオシマザクラのものが使われているなど、日本で古くから馴染みがある桜でした。

一方でエドヒガンは、「先に花だけが咲いて、花が散ってから葉が出る」桜の樹です。ただし咲く花は小ぶりで強い印象はなく、またソメイヨシノと違って長寿であり、長い時間をかけて巨木に育っていることも良くあります。

つまり、オオシマザクラの「大量に花をつける性質」「成長が早い性質」と、エドヒガンの「先に花だけが咲く性質」が合わさって、ソメイヨシノの「春になると一気に大量の花が咲く圧倒的な印象」が生まれたと考えられます。

こうやって説明すると「大変に自然な結論」ですが、「きっちりと論争に決着がついた」結末は、遺伝子解析によって明確に白黒がつくまで待つ必要がありました。

しかし「なおも解らないこと」が残っている

「遺伝子解析で結論が出た」と聞くと、今度は「もう何もかも明確になった」と思えたりしますが、実はそうではありません。

「文献で最初に登場するのは江戸後期の染井村」「小石川植物園に江戸時代後期に植えられたソメイヨシノがなおもある」「遺伝子情報からエドヒガンとオオシマザクラが交配したもの」はそれぞれ明らかになったわけですが、ソメイヨシノ誕生の瞬間が「いつ」「どこで」「どういう経緯で」はなおも不明なままです。

染井村の植木職人が、エドヒガンとオオシマザクラの良いところが合体したら最高のサクラが出来るんじゃないか?と思って人為的な交配をうまく行って生み出したの「かも」しれません。

あるいは、植木職人が多数居たため常に多数の桜の品種があふれていた駒込で、エドヒガンとオオシマザクラが偶然の交配をして、そこから偶然生まれた桜が大変に素晴らしいことに誰かが気が付いたの「かも」しれません。

あるいは、江戸に向けて全国からいろいろな植物が集まる場所でもあった染井村に、素晴らしい桜の樹として持ち込まれ(つまりソメイヨシノは別の場所で生まれた)、それが染井村で大々的に売り出されただけ「かも」しれません。

つまり、「最初の瞬間がいつどこでどういう形だったか」はなおも謎のままです。

そして現在の我々にも意外な事実がまだある

そして現在の我々にも、(寿命が短い以外に)もう一つ意外な事実があります。我々がソメイヨシノだと思っている桜の樹は「ソメイヨシノでは無くなってきている」ことです。

ソメイヨシノは花の印象は圧倒的ですが、病気や害虫に弱くて寿命が短い、「根上がり」をして歩道が持ち上がってボコボコになってしまう、老木になると幹が朽ちて倒木する事故を起こすことがある、などいろいろと「面倒なこと」があります。

そこで寿命が来てしまったソメイヨシノを植え替える際に、ソメイヨシノによく似ているが病害虫に強い特性を持った「ジンダイアケボノ」「コマツオトメ」などの代替品種が植えられることが多くなってきているようです。ソメイヨシノだと思って花見をしている皆さん、実は違いますよ、みたいなことが今後は多くなってくるかもしれません。

「データを用いた事実の追求」の例

ここまで「ソメイヨシノの起源をめぐる話」を、春にまつわるちょっと面白い話として書いてきました。

考えてみてほしいのですが、「ビジネスで新しいことをするために、マーケットがどうなっているか調べて何がどうなっているのか結論を出す」ような「データから何かの結論を導く」ことは、我々が今後取り組まなければいけないとされることですが、今回の話はソメイヨシノをテーマにして似たことをしている話でもあります。

世の中では、データ活用みたいなことは盛んに言われますが、データ分析技法を覚えるとか、BIツールを操作してツール上でどうやって可視化するかみたいな話だけになりがちなことが、どうも多いなと思っています。

ソメイヨシノをめぐる話ではむしろ、証拠(データ)を集めてくることや深く考察することがポイントになっているように思えませんか。ソメイヨシノの樹が現状どういうものであるか、どのように植えられてどのような性質を持っているのか、というようなソメイヨシノ現物について事実、さらには、古文書をソースにした過去の経緯、最終的には遺伝子解析という圧倒的なデータの力による解決が図られています。分析して結論を出す作業そのもののみならず、多種多様な「関連すること」を縦横無尽に集めてくるところがどうも肝心で大変なところではないでしょうか。

我々は、多種多様なデータやITシステムを「つなぐ」プロダクトを提供しています。データを分析したいがその前にデータが必要だ、分析をさらに深いものにするためにはあちらのデータもこちらのデータもぜひ必要だけれども、用意するだけであまりに大変な手間がかかってしまう。何とかできないだろうか、という実は世の中でよくあるニーズを、現場自ら使いこなせる「ノーコード」で自由自在に作りこめる手段として、「DataSpider」や「HULFT Square」を提供させていただいています。

データ分析には「BよりAの方が数値が多かったです」みたいなことだけではなく、ソメイヨシノの起源にまつわる結論の面白さのような、豊かな気付きを導き出せる可能性もあるはずです。多様なデータから、そのような素敵な可能性を実現する手段として、我々のプロダクトの活用を検討いただけますと幸いです。

記事を書いた人

所 属:マーケティング部 デジタルマーケティング課 所属

渡辺 亮

・2017年 株式会社アプレッソより転籍
・大学で情報工学(人工知能の研究室)を専攻したあと、スタートアップの開発部で苦労していました
・中小企業診断士(2024年時点)
・画像:弊社で昔使われていた「フクスケ」さんを私が乗っ取りました
(所属は掲載時のものです)

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