量子暗号通信 / 量子鍵配送(QKD:Quantum Key Distribution)/ 量子鍵配送プロトコルBB84

量子暗号通信 / 量子鍵配送(QKD:Quantum Key Distribution)/ 量子鍵配送プロトコルBB84

データ活用やDX成功に必要な考え方を、各種キーワードの解説で理解できる用語解説集です。

今回は、量子力学の性質を用いて盗聴そのものをできなくすることでかつてない安全安心を実現する技術である、量子暗号通信について解説をします。

量子暗号通信 / 量子鍵配送(QKD:Quantum Key Distribution)

量子暗号通信とは、「対象を観測すること自体が観測対象の状態を変えてしまう」量子力学の性質を用いることによって、通信経路途中で誰かが盗聴をするとそのことが理論上必ず検知される仕組みにより盗聴を不可能とし、通信の秘匿性を守る技術です。

量子鍵配送(QKD:Quantum Key Distribution)は、量子暗号通信のバリエーションの一つであり、盗聴されることなく乱数列の送信を実現する技術です。セキュアに送信された十分な長さの乱数列を共通鍵暗号の暗号鍵として用いることで、安全な通信を実現します。量子鍵配送を実現する手法の例としては、BB84プロトコルがあります。

暗号解読に必要な計算が実質的にできないことで安全を確保する従来の暗号技術とは根本的に考え方が異なります。また、量子力学の性質を用いている量子計算機(量子コンピュータ)とも異なる技術であり、耐量子計算機暗号とも異なる技術であることには注意が必要です。

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量子力学(物理学)を根拠とした「理論的に安全」な暗号通信

量子暗号通信が注目されるようになっている背景として、世の中でますます広くITが利用されている状況があり、その一方でデータや通信の「安全安心の確保が難しくなっている」状況があります。

社会の多くの活動がITに依存するようになった今、データや通信の安全を確保して日々きちんと利用できるようにすることは、社会活動を維持する上で不可欠となりました。重大な問題が起こってしまった場合、社会活動も大きな影響が及んでしまいますが、一方で悪意による攻撃の脅威もかつてなく高まっています。

特に昨今では、国家レベルでの支援を受けている集団による非常に高度な攻撃が行われることがあり、さらにはフロンティアAI(最先端の生成AI)が大量に脆弱性を見つけるなど生成AIによる脅威も高まっており、加えて量子コンピュータにより既存の暗号技術が解読されるリスクなども話題になるようになりました。

重要性はかつてなく高まっている一方で、脅威もかつてなく大きくなっています。特に安全保障に関連するような分野では、最高度の配慮が望まれます。そこで注目されているのが「物理法則を根拠」として、他の技術と次元の異なる安全安心を実現する技術である「量子暗号通信」です。

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量子暗号通信の安全性は、従来の暗号技術とは本質的に異なる

量子暗号通信と聞くと、量子力学を用いて従来の暗号技術をパワーアップしたような何か、例えばAES暗号や格子暗号などを高水準にしたものに思えるかもしれません。しかしそうではありません。

従来の暗号技術での安全性の考え方:解読に必要な計算量が多すぎるので安全

従来の暗号技術では、暗号解読方法は解っているが「解読に必要な計算量があまりにも多すぎる」ことによって安全を確保してきました。すなわち、暗号化されたデータを傍受などで手に入れても、既知の解読方法では実質的に暗号文を平文に戻せないので安全である、という仕組みです。

しかしながら、「既知の方法では」実用的に解読できないので安全とみなしているだけであって、暗号解読を実用的に行える方法が「絶対にない」ことが数学的に証明されているわけではありません。

  • 安全性の根拠:計算量が多すぎるので安全
    • 暗号解読に莫大な演算処理が必要となるため、たとえ非常に高性能なスーパーコンピュータを用いても実用的には解読不可能(既知の暗号解読方法では)
  • 安全性のリスク:安全性の理論的証明はなされていない
    • まだ知られていない効率的な暗号解読手法が実は存在していて、それを使うと暗号解読できてしまう可能性が否定できない
    • 暗号の安全性についての数学的証明(必ず一定以上の計算量が必要であると証明されるなど)がなされていれば理論的にも安全だと言えるが、広く使われている暗号技術には残念ながらそういうものはない

そのため、実は効率的に暗号解読ができるアルゴリズムが存在していて、その秘密を知っている一部の国家が暗号文を自由に解読しているような深刻なリスクが存在しないことを証明できない状態です。しかもこれから量子コンピュータの実用化が進む時代、思わぬ方法で解読されてしまうリスクは絶対にないのか、と言われると不安は高まるばかりの状況です。

量子暗号通信:「物理法則により」盗聴そのものができない通信路を作り上げる

これに対して「量子暗号通信」では、全く異なった方法で通信路の安全を生み出します。

  • 安全性の根拠:盗聴によりデータを盗むことが「理論上できない」
    • 通信経路の途中で誰かがデータを盗み見ると、そのことを理論上必ず検知できる
    • 「誰も盗聴していない」ことを理論的に保証できるなら、データが漏洩した可能性自体をなくすことができる

悪意のある誰かがデータを盗んだりデータを改ざんしたりするためには、通信経路の途中でデータを盗聴する必要があります。通信経路上で「一切盗聴がなされていない」ことを証明できるのであれば、データが漏洩している可能性がないことが確認できます。

「量子暗号通信」とは「途中で誰も盗聴(観測)をしていないこと」を物理法則を用いて確認できる通信路を作る技術です。そんな魔法のようなことがそもそも可能なのか?と思えてしまうかもしれませんが、「量子力学の性質を用いる」ことで可能になります。ちょっと信じられないことをする技術ですが、量子暗号通信は、実用化も始まっており現実に利用され始めている技術でもあります(量子コンピュータは実用化途上ですが、量子暗号通信は実利用が始まりつつあります)。

「量子暗号通信はどうやって盗聴不能な通信路を実現するか

量子暗号通信は、量子力学の不思議な性質、「観測をすること自体が観測された対象の状態を変えてしまうことがある」「観測対象の二つの性質を同時に観測できないことがある」を用いることで実現されています。

二重スリット実験:量子力学の不思議な性質

量子力学の世界での不思議な現象を確認できる、「二重スリット実験」という有名な物理実験があります。簡単に説明すると、電子を発射する装置があり、電子が衝突すると検知ができるスクリーンがあり、その間に「二重スリット」(縦に長く細い穴が二つ開いたスリット)を配置しただけの実験です。

  • 二重スリット実験
    •   [電子を発射する装置] –電子-> [二重スリット] -電子-> [スクリーン]
二重スリット実験

さて、スクリーン上にはどういう模様が出来るでしょう。
我々の日常的な常識で考えるなら、二重スリットには「スリットA」と「スリットB」があって、電子はそのどちらかを通り抜けるわけです。そうなると「スリットAを通過した電子によるスクリーン上の模様」と「スリットBを通過した電子によるスクリーン上の模様」ができる、となる気がします。

  • 我々のイメージ
    • 電子が発射される
    • 電子はスリットAかスリットBのどちらかを通過する
    • スクリーンには「スリットAを通過した電子」「スリットBを通過した電子」による二つの塊からなる模様ができるのでは?

ところが、実際に二重スリット実験を行うと、スクリーン上には次第に「縞模様」ができます。

Wave-particle duality

何がどうなってこうなったのでしょうか。量子力学の世界では、電子は「粒」として発射されて具体的な経路を通っていたのではなく、空間上の広がった範囲で「そこに電子が存在する確率の雲」として存在しています。以下、雑な比喩ですが、

  • 実際の量子力学の世界
    • 電子が発射される
      • 電子は「その位置に電子が存在する確率」の「確率的な波」として放射される
    • 「電子の確率的な波」は空間を進み、二重スリットに到着する
      • 波なので「スリットA」と「スリットB」の両方に到達し、波は両方のスリットを通過する
      • 発射された電子が1個だけの場合でも、電子は両方のスリットを通過する(!)
    • 「スリットA」と「スリットB」の両方から「電子の確率的な波」がスクリーンに向けて放射される
    • スクリーン上で「二つの波が干渉」し、縞模様ができる

「二つの波が干渉する」というのはどういうことかというと、波には「高いところ(山)」と「低いところ(谷)」がありますが、二つの確率の波がぶつかることで「高いところが重なり合ったところ」と「低いところが重なり合ったところ」ができて、それにより縞模様ができると考えてください。以下の図でも、スリットそれぞれから波が出ていて、波が干渉することで縞模様になることが説明されているのがわかるでしょうか。

二重スリット実験

二重スリット実験:もし途中で観測したら?

電子は(我々の日常的な直感に反して)「確率的な波」として両方のスリットを通過していると説明しました。たとえ発射される電子が1個であっても両方を通過します。では、スリットで「電子が通ったか」を観測したら、実際に「両方を通過している」ことが検知されるのでしょうか。

Two-Slit Experiment Particles

なんと、スリットで電子を観測すると、それだけで実験結果が変わってしまうのです。

  • スリットで電子を観測した場合
    • 電子が発射される
      • 電子は「確率的な波」として放射され、二重スリットに到着する
    • しかしスリットで電子を観測すると、電子は「スリットA」か「スリットB」のどちらか一方だけで検知される
      • 電子を観測した時点で、確率的な波の状態が失われ、単にどちらか一方を通過したことになる
    • スクリーン上には「スリットAを通過した場合」と「スリットBを通過した場合」の模様ができるだけで、縞模様はできない

「観測の有無」以外は同じ実験ですが、結果が変わってしまいました。このように量子力学の世界では「観測すること」で観測対象の状態が変わってしまうことが起こります。

二重スリット実験:盗聴していないか?を確認できる

またこの実験結果は、このように解釈することもできます。

  • 我々はスクリーンにできる模様を見張っているだけで、スリットのところがどうなっているのかは一切知らない
  • しかし「スクリーン上の模様」により、スリットの位置で誰かが観測したのかどうかが判断できる

すなわち、「誰かが途中で観測(盗聴)したのか、誰も観測していないのか」が、スクリーン上の模様を見ているだけで解ってしまうということなのです。物理法則(量子力学)を根拠として「途中で誰も盗聴していない」かどうかの判断ができるわけです。

観測対象の二つの性質を同時に観測することができないことがある

量子力学の世界では、「観測対象の二つの性質」を同時に観測することができないことがあります。例えば、「位置」と「運動量」(速度みたいなものだと思ってください)の両方を精密に計測することができません。

どこにあるのか「位置」を正確に計測すると運動量が正確に解らなくなり、運動量を正確に計測すると今度は位置が解らなくなります。二回観測すればよいようにも思えますが、先ほど説明した通り、観測すること自体で状態が変わってしまうのでできません。

量子暗号通信ではこのような「観測対象の性質A」と「観測対象の性質B」を同時に観測できず、「どちらか片方を観測すると、もう片方は解らなくなってしまう」性質を用います。

量子鍵配送プロトコルBB84

(ざっくりとした説明ながら)紹介した「二つの性質」を用いて、「検知されることなく盗聴できない」暗号通信を実現することができます。実際に実用化が進められている方式でもある「BB84プロトコル」について紹介を行います。

既存の「光ファイバ」で実現できる

量子力学を用いた暗号通信と聞くと、どんな見たこともないハードウェアで実現するのだろうかと思えるかもしれませんが、すでに日本中に敷設されている光ファイバ回線を用いた光通信として実現することができ、あるいは地上のアンテナと宇宙の通信衛星の間の無線通信としても実現ができます。

光ファイバを用いる場合、情報は「光子」に載せて送信することになります。量子状態(確率の波の状態)の光子に情報を載せて送信し、受信側でそれを観測してデータを受信することになります。

二つの「モード」

デジタル通信なので、データは「0」と「1」にして送信するわけですが、そのエンコード方式を二種類用意します。以下は「光の振動方向」で「縦横の場合」と「斜めの場合」があるくらいに思ってください。

  • 縦横モード
    • |:0
    •  ─:1
  • 斜めモード
    • /:0
    • \:1

この二つのモードは「二つの性質を同時に観測することができない」関係になっている必要があります。つまり、「縦横モードで観測する」と斜めモードでの観測結果は得られなくなり、「斜めモードで観測する」と縦横モードでの観測結果を得られなくなる関係です。

データの送信

送信側では、どちらかの送信モードをランダムに選びます。そして同じくランダムに生成した「0」か「1」を送信します。そうやって一ビットずつデータを送信します。

データの受信

受信側に信号が届きますが、どちらの送信モードで送信されたのかわかりません。どちらかのモードをランダムに選んで、届いた信号を受信します。

もし、モードが偶然一致していれば、「0」か「1」が正確に届きます。モードが違っていれば、「0」か「1」がランダムに受信されます。一度観測すると量子状態は壊れてしまうので、二回目の観測はできず両方のモードでの受信はできません。

届いたデータの検証作業

必要なビット数の送信が全部終わったあとで、どの「送信モードで送ったか」「どの受信モードで受け取ったか」の「答え」を双方が送信します。これにより「正しく受信できていると推定されるビット」と「正しく受信できなかったビット」が明らかになります。

「正しく受信できなかったビット」は廃棄します。「正しく受信できていると推定されるビット」から抜き取り検査のために一定比率のビットを選んで互いに送信し、送受信側で「送ったデータ」と「届いたデータ」が一致しているかを確認します。

何も問題がなければ検証作業ではすべてのビットが一致しているはずで、それにより「データは安全に送信された」と判断して、「検証に用いなかった残りの乱数ビットは安全に送信できた」と判断します。

ビットに不一致があった場合、「通信経路でのノイズなどでデータが化けたことで発生した可能性」と「盗聴により発生した可能性」があると判断します。そして、一定以上の不一致がある場合には、盗聴された可能性があり安全ではないとしてデータを廃棄します。

配送された「暗号鍵」を用いて安全な暗号通信を実現

このような仕組みで「盗聴されずに安全に送信された乱数列」を「共通鍵暗号の暗号鍵」として用いることで、安全にデータを送信することができます。つまりBB84プロトコルとは、データそのものを安全に届けるプロトコルではなく、暗号鍵を安全に相手に共有するプロトコルです。なので「鍵配送プロトコルBB84」です。

具体的には十分な暗号鍵長のAES暗号を用いることで安全なデータ通信が実現できます。より完全な安全を求めるならば、「送信データ長と同じ長さの暗号鍵」を送付し、送信したいデータと乱数列である暗号鍵をXOR(排他的論理和)演算することで乱数と区別不可能にしてデータ送信を行い、暗号鍵は一回で使い捨てる(バーナム暗号/ワンタイムパッド)ことで、理論上解読できない安全性でデータを届けることもできます。

  • 鍵配送プロトコルBB84で、盗聴されていない乱数列を送信する
  • その乱数列を共通鍵暗号の暗号鍵として用いることで安全なデータ通信を行う
    • AES暗号の共通鍵として用いることにより
    • バーナム暗号(ワンタイムパッド)を用いれば、理論上解読できない安全性を実現できる。ただし、送信データ長と同じ長さの暗号鍵を使い捨てる必要がある。

なお量子暗号通信には、任意のデータそのものを安全に送信する仕組みも考案されており、公開鍵暗号のような仕組みを量子暗号通信として直接実現する方式の実現も試みられており、必ずBB84のような鍵配送の仕組みが取られているわけではありません。

この仕組みでどうして盗聴を防止できるのか

では、この仕組みを用いるとどうして盗聴を防止できるのでしょうか。データの受信時には「どの送信モードで送信されたのかわからない」ところがポイントです。

攻撃者は同様に、送信されたモードを推定して受信することになるため、送信されたデータを正確に知ることが出来ませんし、自分が正しい受信モードを選んだのかどうかも判断ができません。そして、途中で盗聴したままでは受信側にデータが届かないため、盗聴者がデータを送信しなおす必要があります。

  • 盗聴者の受信モードがたまたま一致していた場合
    • 正しいデータを盗聴できている
    • 受信側に正しいデータを再送信できる(盗聴成功)
  • 盗聴者の受信モードが実は一致していなかった場合
    • 受信したデータはランダムで0か1になってしまっているが、そのことは自分ではわからない(盗聴失敗しているが、自分ではわからない)
    • 受信側には結果的にランダムなデータを再送信することになり、受信側で50%の確率で間違ったデータが届くことになる

つまり、盗聴の有無でこういうことが起こります。送信側と受信側での検証作業において、

  • 盗聴者がいなければ、送信者から受信者へ正しいビットが届く
    • 検証作業で問題が出ない
  • 盗聴者がいる場合、75%の確率でしか正しいビットが届かない
    • 盗聴者が推定したモードが偶然合っている場合(100%)とそうではない場合(50%)をあわせると75%(100%×50%+50%×50%=75%)でしか正しく届かない
    • 検証作業で「間違ったビットの出現率が上昇している」ことを検知できる

すなわち盗聴すると、「どうやっても25%はデータがエラーを起こしてしまう」ので、その変化で盗聴があったことを検知できるというわけです。よく考えられた仕組みですね。

商用サービスも始まりつつある量子暗号通信

執筆時点において、研究開発が進められているがまだ実用的な水準ではない量子コンピュータとは異なり、量子暗号通信は限定的ながらも一部で商用サービスが提供される段階に到達しています。

既存の光ファイバ回線で実現できる(ただし装置は専用のもの)

量子力学の原理を用いている通信技術と聞くと、特殊な通信インフラが必要な技術にも思えますが、転送路については現在すでに使われているものが利用できます。

例えばBB84プロトコルを用いた量子鍵配送は、すでに日本全土に張り巡らされている「光ファイバ」を用いて実現することができます。ただし、送信と受信に用いる装置については、従来とは違う特殊なものが必要になります。

通信の中継ができない制限

通信経路上で「検知されることなく観測することができない」方式であるため、盗聴ができないだけではなく、「中継する」ことも出来なくなっています。少なくとも、現在実用化が試みられている技術(BB84プロトコルなど)そのものではできません。

通信距離が長くなるほど信号が減衰してしまってノイズに埋もれてしまい、途中で中継器によって送信しなおすこともできないことから、遠距離通信が難しい問題点があります。

現在、光ファイバを用いたBB84プロトコルによって通信できる距離は100kmから200km程度のようで、東京を中心にすると関東圏は何とか届くけれども静岡になるともう厳しくなるくらいの技術的限界があることになります。

安全な中継地点を確保しての「量子鍵配送ネットワーク」

そこで、例えば日本中に「安全が確保された中継地点」を用意して中継地点同士を光ファイバで結んだ、量子鍵配送ネットワークの実現が構想されています。中継地点の間では量子鍵配送プロトコルにより安全に通信し、中継地点を経由して目的地まで届けることで通信距離の問題を解決して日本中への鍵配送を実現する仕組みです。

ただし量子鍵配送ネットワークの利用においては、量子暗号通信そのものの高度な安全性以外に、「日本中の中継地点が安全に保たれていること」や「ネットワークの運用状況が大丈夫であること」も信用する必要がでてきます。その上で総合的に、従来技術のコストや安全性とどちらが優れているかを判断することになります。

安全性は高いがハイコスト

通常の光データ通信では、光ファイバ一本で非常に高速大容量の通信ができるようになっていますが、BB84プロトコルでは高価な装置を利用した上で低速で少量の情報を送信することしかできません。

また通常のデータ通信が利用する通信プロトコルや暗号技術についてソフトウェア側で実現し必要に応じて変更できる要素が多いのに対し、例えばBB84プロトコルは前述のようにハードウェア部分により実現されている要素が多いため、技術の維持更新にも手間とコストがかかります(すなわち昨今話題になっている「クリプトアジリティ」に乏しい技術となっている)。

そのために従来の光ファイバ通信網をそのまま置き換える技術になるとは考えにくく、重要なデータの暗号鍵の送信や、非常に重要なデータを送信する手段として利用されることになるはずです。

耐量子計算機暗号(PQC: Post-Quantum Cryptography)/ 量子コンピュータ / クリプトアジリティ / ハーベスト攻撃|用語集

通信距離を延ばすと盗聴を見逃す恐れがある

BB84プロトコルでは、盗聴を「通信エラー率の上昇」(25%は必然的に間違えてしまう)として検知します。しかしながら現実の通信回線では、通信エラーは盗聴以外の原因によっても発生します。

中継が出来ない問題点があるため、信号の減衰と戦いながらの長距離通信を実現しようとするなら、自然発生する通信エラーがとても多い環境でがんばっての利用をすることになります。この問題に対応するために誤り訂正プロトコルなどの開発も進められていますが、本質的に盗聴とエラーの区別が難しくなるため「盗聴されている確率は一万分の一以下です」のような「確率的な話」になってくるはずです。

それはそれで安全であるとも言えますが、量子力学の性質を用いて盗聴できない絶対安心の技術である、という説明とは異なる印象を受けるようにも思えてきます。

盗聴以外の問題への対処

暗号通信で求められる安全性には「盗聴されない」以外の要求もあります。例えば、送信者や受信者は確かに本人であって成りすましではないのか、とか、通信妨害を受けた時にもデータが届けられなくなる事態を避けられるか、などです。

それらの要求はそもそもBB84プロトコルそのもので担うべき課題ではないにしても、最高水準の暗号通信路を整備するためには必要なことであり、量子鍵配送を導入するだけで全ての点で最高水準の暗号通信が実現できるわけではないということです。

一方で従来技術、たとえば現在世界中で対応が進められつつある「耐量子計算機暗号」を用いた通信インフラでは、多くの観点において「対応が必要なこと」が既に整備されています。

「絶対に盗聴できない」異次元の凄みと、全体での実現が必要な「安全安心」

「理論上、絶対に盗聴されない通信方式」なんていう信じられないものが実在するんだろうか?という半信半疑の感想が、むしろ健全にすら思えるくらいの驚きのある技術だったのではないかと思います。

何とかおわかりいただけるように説明させていただいた(はずの)通り、「絶対に盗聴できない」という信じがたい技術は現実のものであり、しかも、タイムマシンはもちろん量子コンピュータとも異なり、すでに商用化すら進められている「既に人類が利用できる」技術でもありました。

信じがたい凄さがある一方で「いろいろ難しいことが多い」ことについても言及をしました。「中継できない」「遠距離の直接通信も難しい」ことについては世間でもよく議論になっていますが、広く利用されるようになるためには、それ以外にもどうもいろいろと課題があるようで、夢の技術として紹介したものが尻すぼみの印象になるような説明だったかもしれません。

「安全安心」の実現にとって、「それ以外のこと」こそ重要であることがある

ここで少し話題を広げますが、「安全安心」の技術が現実に社会で広く利用されるようになるためには、このような「それ以外の多くのこと」の方こそが、むしろ本質なところもあります。もっと一般的に、なんらかのIT技術やソフトウェアが普及して実用的に活躍できるようになるためにも、同じようなことがあります。

例えば当社の「つなぐ」製品も、「それ以外のことの多く」を解決する手段であることで長年の支持を頂いてきたようなところがあります。

例えば、ファイル連携ミドルウェアにおけるデファクトスタンダード製品である「HULFT(ハルフト)」についても、ファイルを転送するだけでしょ?(FTPと何が違うのか)みたいなことを言われることがあります。

ところが、現実の企業活動の重大事に関わることを任せられるだけの「安全安心確実」を実現する連携基盤に何が必要かを考えると、「ファイル転送そのもの以外の実に多くのこと」が万全に整備されている必要があり、むしろそちらの方が切実な現実があります。HULFTが今なお強固に支持いただけているのは、その点において万全だからです。

他にも似たようなことは多くあります。例えばクラウド活用、kintoneやSalesforceを導入したけれども、どうも思ったように成果が出ないことがあります。どうしてなのか、「外部とのデータ連携」などの「それ以外の多くの手間のかかること」を何とか出来るかどうかの方が、むしろ活用がスムーズに進むかどうかの分かれ目だったりすることがあります。同じような状況が生成AI活用とか、データ分析の取り組みでも発生しがちです。

データ連携ミドルウェア(EAI/ETL/iPaaS)である「DataSpider」や「HULFT Square」は、GUI上でのノーコード開発だけで多種多様なシステムやデータの間を自在にデータ連携でき、そういう「現実には対応することが重要で、むしろそちらの方が手がかかること」を、効率的に解決できるプロダクトとして支持を頂いております。

量子暗号通信は、日本にとって可能性のある分野

量子暗号通信は、「今後成長できる産業分野」が求められている日本の未来にとっても注目すべきところがあります。他社と製品が同質になりやすくコスト競争に陥りやすいデジタル技術と違って、高度かつ繊細なアナログ技術が必要になりますし、日本がなおも強い分野である高度なセンサー技術も必須となる分野です。200kmまで通信できました、300kmでも成功しました、みたいな改良と前進での戦いなら、なおも他国に対して十分な優位があるように思えます。

まさに「魔法のような技術」である量子鍵配送技術は、一部で商用化もはじまっていながらも、今すぐ世の中で広く利用されるような状況にはまだなっていません。最高度の安全を求めている人たちにとっては必ず検討される技術ですから、まずは政府や金融機関などセキュリティが最重要な分野から利用が進むのではないかとは思えます。

しかし、そこからさらに世の中で広く利用されるようになるためには、新しいユースケースが登場するかどうか次第のような気がしています。量子暗号通信が広く導入されるようになり、日本が圧倒的に強い産業分野になって次の時代の日本を支える、そのように展開すれば良いなあと思っていますが、そうなるかどうかは、インパクトのある新しい利用方法の提案が現れるかどうか次第ではないかと思っています。

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